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 学内の用事の為、途中で部を抜けていた不二がそれから解放されたのは予想していたよりもかなり遅い時間だった。

とうに部は終っている時間に眉をしかめつつ、人気のないのをいいことに廊下を小走りに駆け抜けた不二は靴を履くのももどかしげに玄関を出て、足早にテニスコートへ向かう。
いつもは賑やかなコートはすっかり静まり返っていて、その様子に不二は軽いため息をつく。
その足でクラブハウスへと向かおうとした不二の目がふとコート沿いに植えられている木に向いた。
 「・・・あ」
何本か植えられている中で一際大きく目立つ木の根元に座っているその姿を見つけた不二の表情がほっとしたように優しくなる。
駆け出したい気持ちを何とか押さえて、それでも早足にその木へと近づくと、不二は彼へと声をかけた。
 「お待たせ。」
 「・・・・・」
・・・しかし、木の根元にもたれるように座った彼からは何の反応も返ってこない。
それどころか身動きひとつしない彼に不二は小首を傾げてしゃがみ込むと、その帽子の鍔をそっと上げてみる。
 「・・・越前?」
何の反応も返ってこないのも当然で、いとも安らかに彼・・・リョーマは眠っていた。
そのあどけない寝顔に不二は目を見開き、そして軽く吹き出す。
 「・・・越前・・・」
彼の額にかかる髪を指で弄びながら、不二はリョーマを呼ぶがその瞳は開く気配がない。
 「・・・越前ってば。」
片膝をつき、彼の肩に顎を乗せるようにしながら耳元で囁けば、その瞼がひくりと動く。
しかし、なかなかその瞳を開こうとしない彼に不二はふう、とため息をつくと軽くリョーマの鼻をつまんだ。
 「ん・・・ぐ・・・ん???」
・・・つまむこと十数秒、安らかな眠りにあった彼は苦しそうに眉を寄せ、ようやく渋い目を開いた。
 「お目覚め?」
 「・・・苦しいんすけど?」
にっこりと笑いかける不二に不機嫌そうな鼻づまりの声でそう答えるとリョーマはじとっと彼を睨んだ。
 「ごめん、あんまり可愛いからつい・・・」
 「・・・いい性格してますね?」
ようやく指を離した不二にリョーマがため息をついて再び不二を睨む。 
 「待たしといていい扱いしてくれるじゃないすか?」
 「でも君、一回寝たらなかなか起きないじゃない?」
 「にしたって、もっと別の起こし方あるでしょ?」
不満そうにぶつぶつと言うリョーマに苦笑しつつ不二はふと彼がまだジャージ姿でいる事に気付き、小首を傾げた。
 「まだ着替えてなかったんだね?・・・結構待たせたと思うんだけど?」
 「だからっしょ?」
その不二の問いかけにあきれたようにそう言うとリョーマは肩をすくめる。
 「何のためにこのカッコでここにいたと思ってるんすか?」
 「・・・あ・・・」
そう言われてみて不二はようやくリョーマがここにいた理由に気付く。
ここからは校舎の出口がよく見える。
それにひときわ大きい木だから校舎側からもよく目立つ。
 「オレがいないって早とちりして帰られたら待ち損じゃん。」
その自分の考えを証明するようにリョーマが拗ねたように口を開いたのに不二は先ほどのクラブハウスでの事を思い出す。
 “待ってるっすから。”
部を抜けていく自分を追ってクラブハウスへと入ってきたリョーマ。
少しのやり取りの後、そう言って自分の返事も聞かずにさっさと立ち去ったリョーマはどうやらその曖昧な約束を彼なりに気にしていたらしい。
そう気付いた不二はゆっくりと嬉しそうに微笑む。
 「・・・ありがと。」
そんな彼の約束を自分も気にしていた事、そしてその約束が嬉しかった事を告げる代わりに不二は彼の肩に手を回し、その頬に軽く唇を触れさせる。
 「・・・それだけ?」
しかし、年下の恋人の機嫌はななめのままのようで、その不二の仕草にもいとも不満そうな声を返す。
 「それだけ・・・って」
戸惑うような不二の言葉にリョーマは軽くため息をつくと彼の肩にその手を回す。
 「あ・・・こら!」
そのままくるりと体勢を変えられ、木に背中を押し付けられた不二はリョーマのその表情と行動から彼がしようとしている事をいち早く悟り、リョーマを軽く睨む。
 「コートは誰もいないし、この角度からじゃ校舎からは何してるかなんて見えないよ。」
しかしリョーマはそんな不二を気にも留めずに、膝立ちで彼の前に立つとその顎に手をかけ、瞳を覗き込む。
 「オレは見えても構わないけどね?」
そう不敵に付け加えるとそれ以上何も言わせないように素早く不二の唇に自分の唇を押し当てる。
 「・・・ん・・・」
そんな彼の行動に軽く抗った不二だったが、すぐに諦めたようにおとなしくなると、ゆっくりとその腕をリョーマの背へと回す。
・・・初めは軽い戯れ程度のキスだったのが、濃くなりかけた黄昏と、辺りに全く人の気配がしない事で弾みがつき、いつしか濃厚なそれに変化していく・・・
 「・・・ん・・・こら・・・駄目だって・・・」
・・・気付けばリョーマの片手が器用にカッターシャツのボタンを外し始めており、そのいたずらな手を不二は軽く喘ぎながらやんわりと押さえる。
 「誰か見てたら・・・どうするの?」
 「・・・誰も見てないって。」
その不二の手を逆に振り払い、緩やかになった胸元に手を差し入れれば、さらさらとしたきめ細かい肌の感触がその指先に伝わってくる。
その心地よさに更に大胆に進もうとした手に再び不二の手が重ねられる。
 「越前・・・」
先ほどより強めに押さえられた手。それにも構わず手を進めようとしたリョーマだったが・・・
 「・・・って!」
不意にその手をぎゅっと抓られて、思わずリョーマは声を上げる。
 「ダメだって言ってるでしょ?」
顔をしかめて自分を見たリョーマを子供を叱るような顔で睨む不二。
 「・・・ちぇ」
・・・ややあって渋々ではあったが自分の言葉に従い、その手を引いた彼が無性に可愛く映り、不二はその顔を綻ばせるが、彼はいとも不機嫌そうに不二を見ている。
 「・・・ねぇ?」
 「ん?」
 「続きは、いつ?」
 「・・・え?」
 「待ち時間、高くつくっすよ?」
 「・・・可愛くないコだね?」
 「さっきは可愛いとか言ってたくせに。」
 「生意気。」
不二は小憎らしく自分の揚げ足を取る後輩を軽く睨むが、
 「可愛いよりマシっすね、そっちの方が。」
 いともさらりとそう言い返し、にっとリョーマは笑う。
  「ま、カッコいいって言われるのが一番っすけど?」
  「そうなるのはまだ先の話だね?」
揚げ足を取られた仕返しとばかりに不二がそう揶揄ればリョーマはむっとしたような顔をして彼を睨む。
 「・・・すぐっすよ。」
 「?」
 「すぐに追い越しますから、何もかも。」
「越前・・・」
 「そしたら言ってもらうから・・・絶対。」
いつもより高い視点にある彼の顔。自分を見下ろすその瞳を見返しながら不二は目を細める。
 「・・・考えておくよ。」
そう言って微笑った不二にリョーマがゆっくりと顔を近づける・・・
・・・と、どこからか物が激しくぶつかる音が聞こえ、今まさにキスをしかけていた二人ははっとその目を開いた。
 「・・・聞こえた?」
 「すぐ近くっすね。」
至近距離で二人は顔を見合わせた後、素早く辺りを見回すが周囲には人一人通っていない。
音の出所がわからず首をひねりかけた時、テニス部のクラブハウスの扉がこれ以上はないと思われるほど乱暴な勢いで開き、そこから矢のように人影が飛び出してきた。
校舎側からは死角になって見えないこの場所だがコート側からは丸見えだ。
そして校舎側よりもコート側に近い場所に立っているクラブハウスからも同じ事が言えて。
おりしもそこから飛び出してきた人影は校舎の方角へ向かって駆け出そうとしたらしく二人の側を向いており、これ以上はないほどしっかりと三者は顔を合わせる羽目になった。
 「!」
・・・目が合った瞬間、ぎょっとしたように立ちすくみ、自分達の姿をまじまじと凝視していたが、すぐに我に返ると弾かれたように反対方向へと駆け出していくその背中をただ見送るリョーマと不二。
 「・・・驚いてましたね?」
 「そうだね。」
自分達を見た瞬間の相手のその慌てぶりに返ってこちらが驚いてしまい、声をかける余裕もなかったが、改めて自分達の体勢を見てみれば、膝立ちで不二をまたいでいる上、リョーマは彼の肩をしっかりと抱いており、対する不二はリョーマの背中に腕を回したままで。
これはあの人でなくても驚くだろうな、とリョーマは他人事のように考える。
  「見られちゃいましたね。」
  「そうだね。」
・・・しかし不二は見られた事を気にした様子もなく淡々としており、自分と同じく他人に見られる事に関してそれほど神経質ではないのかとリョーマは思い、だったらさっきのあれは止めるんじゃなかったと、内心で舌打ちをする。
“今度は絶対止めないからな。”
 「・・・何考えてるの?」
 「別に。」
自分の問いに知らん顔でとぼけるリョーマを不二はやれやれという顔をしながら見つめ肩をすくめる。
・・・と、またクラブハウスからけたたましい音が聞こえ、リョーマと不二は再び顔を見合わせた。
 「行ったほうがいいかな?」
 「放っておけばいいとは思うけど・・・」
リョーマは軽くため息をつくと、面倒くさそうにそう言いつつ立ち上がる。
 「備品壊されると迷惑するのはこっちだし、まだ着替えてませんからね。」
そう言い捨て、すたすたとクラブハウスに向かって歩き始めたリョーマに苦笑しながら不二もゆっくりと立ち上がる。
 “じゃ、僕ももう一方の面倒を見ないといけないね。”
そうひとりごちて不二はクラブハウスから飛び出した後輩の後を追うべく早足に歩き出した・・・